ういろうと聞いてまず頭に浮かぶのは、名産品として全国に宣言している名古屋ですよね。
「ういろうは名古屋だけのものじゃないから!元祖でもないから!」という声も良く聞こえてきます。
確かに、ういろうは名古屋発祥じゃないんですよΣ(´∀`;)
ういろうのお店としての元祖は小田原ですが、初めて「ういろう」という名がついたお菓子が作られたのは、京都です。
京都は「うちもういろう売ってるよ!」感ないですよね…
ではどういういきさつでういろうが出来たのか、全国で販売されているういろうのルーツを探ってみました。
ういろうの歴史を簡単にまとめましたので、是非最後までお付き合い下さいな♪
ういろうの元祖!考案したのは日本人じゃない?!
伝承では、ういろうを考案したのは中国から来日した「棟 宗奇」となっています。
宗奇さんの父・延祐さんが来日した際、透頂香(とうちんこう)というちょっと苦いけどよく効く万能薬を博多に持ち込みました。
これが話題となり延祐さんの長男・宗奇さんが室町幕府の将軍・足利義満に献上し、気に入られたそうです。
宗奇さんは薬と同じく万能な方だったようで、京都にある朝廷で外国信徒の接待役を任されていました。
その接待時に出していたお菓子がのちの「ういろう」です。
なんでういろうって名前になったの?
棟 延祐さんはお医者さんで、来日した際に中国での官職≪礼部院外郎/れいぶいんがいろう≫から【陳 外郎/ちん ういろう】と名乗り、薬も外郎さんとこの万能薬からいつしかういろうと呼ばれるようになりました。
宗奇さんの作ったお菓子も、薬と同じくういろうと呼ばれるようになったそうです。
全国ういろう早見年表!
調べていると、○○年にここのういろうが製造されて~とややこしかったので、簡単に年表にまとめてみました(*^-^*)
山口県のように、ここに書いてあるより前から製造されている事もあるかもしれませんが、調べた限り販売を始めたのはこのようになっていました。
外郎さんの本家は京都で、万能薬・透頂香を作っていましたが、江戸時代に衰亡し分家の小田原で万能薬とお菓子のういろう、両方を製造するようになりました。
650年以上続いている老舗中の老舗です!
ずっとお店を守り続けているってすごいですよね…!!
通販も出来ますので、650年の伝統の味是非ご賞味ください^^)
陳 宗奇さんが作ったういろうが全国に広まったと書きましたが、当時はSNSなどは無いのでどうやって広まっていったのかは分かりません。
現在ういろうという名のお菓子は全国に沢山ありますが、原材料が各地で違ったりしていますので、もしかしたら、陳さんが考案する前からあったのかもしれません。
つくり方も簡単なものであれば、米粉やわらび餅粉と砂糖があれば出来ちゃいますもんね!
まとめ
全体的に漢字が多くて堅い感じになってしまいましたが、お菓子のういろうの発祥は京都で、生業として販売を始めたのが小田原と、捉えかたで元祖は京都か小田原のどちらかという事になります。
ういろうの歴史を簡単にまとめると、
- 薬のういろうが博多に上陸
- ういろうさんが京都の接待のお仕事で作ったお菓子のういろうが人気に!
- 分家のういろうさんが小田原でお菓子のういろうを売り始めた
- 江戸時代には全国でも各地の特色を生かしたういろうが誕生し販売が始まる
私はういろうが大好きなので、ういろうを作ってくれた陳宗奇さんに大大大感謝です☆
ういろうのルーツを知ると、小田原はもちろん全国のういろうの食べ比べをしたくなりますね!
私も時間と懐と相談して食べ比べしてみようと思います♪
最後まで読んでいただき、有難うございました!