マクドナルド伝説の一号店はどんなお店だった?その立地に隠された創業者の戦略とは?

マクドナルド

マクドナルドの一号店ってどこにあった?

一号店ってどんな感じのお店だったの?

日本を代表するハンバーガーチェーン店となった、マクドナルド。

2021年には日本創業50周年を迎えました。

今はどこでも見かけるマクドナルドですが、その発祥地って気になりますよね。

実は日本マクドナルド一号店は銀座が発祥地なんです!

この記事では、一号店のお店とその立地に隠された創業者の戦略、開店への苦労をご紹介します。

50周年記念の期間限定パッケージデザインも紹介しますよ。

マクドナルドの一号店の歴史を知れば、今度食べるハンバーガーが少し味わい深くなるかもしれません。

マクドナルドの一号店は銀座三越にあった!

アメリカマクドナルドとのフランチャイズ契約で、創業者である藤田田社長が日本マクドナルドの初店舗を開店したのは1971年7月。

今からちょうど50年前ですね!

記念すべき一号店は、なんと銀座三越の一階にありました。

当時は大阪万博が大成功に終わった翌年で、日本の欧米化が勢いづいていた時代です。

週末になると大勢の若者が押し寄せて、大行列ができていたそうですよ。

この一号店の大成功が始まりで、マクドナルドは日本のファストフードを率いる店になりました。

一号店はテイクアウト専門だった

今では店内で飲食できるのが普通のマクドナルドですが、三越に開店した一号店はテイクアウト専門の店舗でした。

それもセットメニューはなかったので、購入はメニューごとに違うラインに並ぶシステムです。

当時の日本にはまだ列に並ぶという習慣がなかったとか。

そのため一号店ではハンバーガーの列、シェイクの列、と列ごとに商品を変えてお客さんに列をお知らせして列に並ぶことをうながしました。

どこでもきちんと並ぶイメージの日本人にも列に並ぶ習慣がない時代があったんですね!

銀座晴海通りに移転したあとの一号店

引用元:本店の旅

銀座三越のマクドナルド一号店は、三越との契約終了に伴い閉店となりました。

その後マクドナルド一号店の称号を引き継いだのは、銀座晴海通り店

残念ながらこちらの店舗も、周辺区域の再開発によって2007年に閉店となります。

晴海通りのお店の入り口には、「マクドナルドハンバーガー発祥の地」と書かれたプレートが掲げられていたそうですよ。

マニアならぜひ写真におさめておきたい店舗でしたね。

銀座三越に出店した創業者の戦略とは

マクドナルドの藤田社長のオフィスは、銀座三越のある通りが見える場所にありました。

社長は自分のオフィスから銀座の街を歩く人の流れを望遠鏡で観察し、一番人がよく来る場所が銀座三越がある場所だと特定します。

同じ銀座でも裏通りに出店しては意味がなく、10メートル先でも意味がない。

社長は銀座の一頭地にこだわり、当時の流行発祥の地、それも天下の三越の力にマクドナルドの命運をかけることにしました。

流行発信地でマクドナルドを流行に乗せ、全国へ発信するねらいです。

オフィスに望遠鏡を置いていたという社長、その鋭いリサーチ力は見倣いたいですね!

一号店開店準備タイムリミットは40時間

銀座三越店長との直談判でなんとか三越出店にこぎつけたマクドナルドでしたが、彼らに与えられた開店準備の時間はたったの40時間!

三越の営業の邪魔にならない時間に開店準備をするように言い渡されてしまったのです。

私だったらその時点で三越出店をあきらめそうです(笑)

そこで藤田社長は、出店予定の三越のスペースと同じ大きさのスペースを再現した場所を別に作り、社員とともに入念な開店準備のトレーニングを始めます。

結果として一号店の開店準備にかかった時間はたったの39時間、見事に課題を乗り越え、無事に開店に至ったのでした。

一号店は茅ヶ崎に出店予定だった?!

実は一号店としてアメリカ本社が提示してきたのは、アメリカと同じような郊外型の店舗を茅ヶ崎に構えることでした。

その時の日本では車がそこまで流通しておらず、車で郊外店舗に家族が出かけるということをイメージしにくい時代です。

そのため、藤田社長は茅ヶ崎に店舗を構えるフリをしながら、銀座での開店を目指して用意していました。

すごい策略家ですよね!

結果として社長の読みが見事当たり、銀座出店が大成功したという訳です。

開店直後は閑散としていた?!

三越前に大行列ができている一号店の写真が残っていますが、実は開店直後はそんなに人が来なかったそうです。

まだまだ外で歩きながら食べるということが下品と思われていた時代。

テイクアウトしかできない店舗のため、買ったものをどこで食べるかが問題になります。

そこを救ってくれたのが、偶然アメリカから来ていたボーイスカウトの若者たちでした。

彼らがグループで店舗に押し寄せ、好きなように道路でバーガーを食べる様子は日本人の目にかっこよくうつります。

そんな効果もあって、その日のうちに1万人が店に大行列をなし、一号店営業は初日から大成功となりました。

名も知れぬボーイスカウトの人たち、グッジョブです(笑)!

アメリカフランチャイズ一号店はシカゴ

日本で定着したマクドナルドですが、一番最初にマクドナルドがスタートしたのはアメリカです。

本場アメリカのマクドナルドの生みの親、マクドナルド兄弟がスタートした店舗はもう残っていませんが、フランチャイズの一号店はシカゴに今も残っているんですよ。

販売店舗として営業はしていませんが、夏場はミュージアムとして解放しています。

ノスタルジックなデザインのロゴやサインボードが可愛いです。

本場の発祥地が気になる方は、もし機会があればシカゴへ出かけてみてくださいね。

日本マクドナルドは創業50周年

銀座三越に開店した一号店で華々しいスタートを切った日本マクドナルド。

2021年には節目となる創業50周年を迎えました。

50周年を記念し、アメリカマクドナルドの創業当時のキャラクター「スピーディ」をデザインした紙袋やラッピングが用意されています。

マクドナルド生みの親、マクドナルド兄弟が考案したというキャラクターがノスタルジックで可愛い!

いかにもアメリカというデザインが、今の時代に逆にオシャレに感じますよね。

店舗と期間が限定されたパッケージなので、もしスピーディバージョンのパッケージに出会えたら写真におさめてください!

50年の歴史を持つマクドナルドで味わい深いハンバーガーを

日本でのマクドナルドの歴史はすでに50年!

1971年の開店以来、山あり谷ありのマクドナルドでしたが、おおむね経営は順調、日本で着実に成功している企業になっています。

そこまで成長した背景には、一号店の店舗を銀座三越にこだわった創業者藤田社長の戦略がありました。

もし一号店が別の場所に出店していたら、今のマクドナルドはなかったのかもしれません。

そんなマクドナルドの歴史をちょこっと思い出しながらハンバーガーを味わってくださいね!

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